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実は、自分に似合う髪型に出会うことが、きっかけとなり自分を愛せることにつながっていきます。
その可能性を秘めている物が「似合う髪型」なんです。
「自分に似合う髪型」って日常的に言っていると、軽くあしらわれてしまいそうな言葉ですが、このシンプルな言葉の奥には自分で自分を愛せることにつながるヒントが、息をひそめて見え隠れしているんです。
ある、おばあさんが住んでいる施設から依頼があり、訪問美容「おくりがみ」が施設に伺いました。
「おくりがみ」は、おばあさんに、にっこりと軽く微笑んで、軽くお辞儀をしました。
施設のスタッフの方にも手伝っていただきながら椅子にそっと腰をおろしていただきます。
おばあさんがゆっくりと椅子に腰をおろし、ゆっくりと顔上げた瞬間から「おくりがみ」のカウンセリングは無言スタートです。
まずは、おばあさんの表情をじっくりと見つめてみます。
細かい、表情を見ながら、ときおり日常会話をしながら表情の変化を少しの時間、観察します。
この数分間の観察する時間がデザインを決定づける瞬間にもなり得るのです。
あんまり、カウンセリングに掛ける時間を長くとってしまうと、やはり疲れてしまいます。
出来る限り素早くおばあさんの状況を把握するように心掛けます。
これがおくりがみの基本精神の一つです。
今日のおばあさんは、日常会話をした時に、首を縦にも横にも振りません。
そんな反応を見た「おくりがみ」は、日常会話にはこのおばあさんは興味がないことを察知します。
次に、おばあさんに「おばあさん、やってみたい髪型はありますか?」と尋ねてみます。
すると、どうでしょう。
おばあさんは、口元の片方がぴくっと上がり、ほんの少しだけ反応を見せてくれたのです。
「おくりがみ」は、そのほんの少しの反応を見逃さずに、「そうか、この人は自分の髪型には興味があってカットされることを楽しみにしているんだな。
きっと元気な時は、定期的に美容院に通っていつも小ぎれいにしていたに違いない。」などと「おくりがみ」も心を弾ませてシザーを手にします。
おばあさんと同じ目線で話したいし場所もゆとりはあるから、カットチェアに座るとしよう。
おばあさんは、体が悪いわけではないのですが年のせいか少し前かがみになってしまいます。
「そういえば、この椅子に座る前に何回も手で髪の毛を後ろにかきあげていたな・・・、邪魔なのかな?」
おくりがみは尋ねます。
「おばあさん、顔に髪の毛かかると邪魔じゃないですか?」
一時して、おばあさんは前に体が倒れそうになるくらい大きくうなづき、その様子を見ていた施設のスタッフが話しかけてきました。
「おばあさんは、いつも顔にかかる髪の毛を気にしすぎて、よく前に倒れてしまうこともある位なんですよ。おばあさん、今日はおくりがみさんが気づいてくださってよかったね。ふふふ。」
というわけで、おくりがみは、おばあさんの前に倒れる原因になっていた顔周りの髪の毛をやさしく掌に載せて、美しく、顔にかからない程度に短く、でもあまり男っぽくならないように、更には顔に髪の毛がかからない状態が少しでも長く続きますようにと想いを込めて丁寧に丁寧にシザー(ハサミのことを美容界ではシザーと言います)を動かしていきました。
ただ、短く切ってあげるだけだったら、そこに「おくりがみ」は必要ないんです。
短くそして美しく、短く切ってあげる理由を抱きしめながら、おばあさんに差し出したカットは、まさしく、おばあさんに似合うカットだと言えると思うのです。
数日後、おばあさんは、いつも習慣になっていた顔周りをかきあげる習慣がなくなり、前に倒れこむこともなくなったらしい。
顔周りの髪の毛をかきあげる習慣がなくなったかわりに、新しくおばあさんの習慣になったもの。
それは、毎朝、起きたら、お孫さんからもらった手鏡を必ず手にして自分の顔を見てゆっくり微笑むおばあさんがいること。
新しい習慣は、きっと、おばあさんの生きる喜びの一つとなっているに違いない。
「おくりがみ」では、このように言葉にならないお客様の満足していない心の動きを見過ごすことのないように努力しています。
自分で自分を愛せるようになる、きっかけをカットを通して与えられるように考えることを念頭に置き、お客様にしか似合わない髪型をポンと差し出して上げれるように「おくりがみ」の精進は続きます。